2020年3月6日『寄らば斬るド』の砂川しげひさ(漫画家)うっ血性心不全のため死去。77歳
砂川 しげひさ(すながわ しげひさ、1941年10月11日 - 2019年3月6日)本名:砂川 惠永(すながわ しげひさ)
沖縄県那覇市に生まれたが、一家が戦火を避けて1944年(3歳)に宮崎県に疎開し、1945年(4歳)に兵庫県尼崎市に移ったため、そこで育つ。
※1945年3月26日アメリカ軍上陸、戦闘終了は6月23日
日本側の死者・行方不明者は188,136人で、沖縄県外出身の正規兵が65,908人、沖縄出身者が122,228人、そのうち94,000人が民間人である
アメリカ軍側は死者・行方不明者20,195人 戦傷者55,162人、
イギリス軍は死者85人、アメリカ軍戦闘外傷病者は26,211人であった。
なお沖縄戦の特徴を表す端的な表現として戦後長らく「国内唯一の地上戦」が使われてきたが、
交戦時は日本領で日本本国(当時の表現での「内地」)であった北海道占守郡における「占守島の戦い」
樺太庁全域における「樺太の戦い」
東京都硫黄島村(現・小笠原村)の硫黄島における「硫黄島の戦い」
60年後の2010年(平成22年)、日本政府は国会質問への答弁書をつくる際、「唯一の地上戦」という認識が
「必ずしも正確ではない」と閣議決定している。
中学生時代に『漫画少年』『野球少年』の常連投稿者になる。
兵庫県立尼崎高等学校卒業後、塗料会社や印刷会社で働きながら、
1960年頃、新大阪新聞の『すたみなコイさん』の連載でデビュー。
※新大阪新聞
1946年2月4日創刊。アメリカGHQは既存新聞の増紙よりも新興新聞に用紙が割り当てられた時期。
そのため、毎日新聞社が同社のダミー会社として「新大阪新聞社」を子会社として設立し、
『毎日新聞』夕刊の代わりに創刊した。毎日新聞から小谷正一が派遣されて総指揮に当たった
1951年には毎日新聞社から完全独立(代わりに毎日新聞は系列子会社から『新関西』を発行)している。
創刊当初は、現・毎日新聞東京本社に当たる東京日日新聞の学芸部出身である黒崎貞治郎を編集人として迎え、
当時の製紙事情から大手新聞では掲載が僅少だった文化関連の記事を充実させ、学芸・スポーツ、投書面には特に大きなスペースを割き、石川達三、大佛次郎を初めとした文芸家の作品なども多数掲載された。1946年には、将棋の木村義雄・升田幸三の五番勝負を企画している(升田の三連勝で終了)。
1960年頃砂川しげひさ漫画連載デビュー
1990年に夕刊フジや日刊ゲンダイなどと同じくタブロイド判に変更されたが、1994年に元のブランケット判に戻している。かねてより経営は厳しかったが、1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)でさらに悪化、
1995年4月28日をもって日刊の新聞発行を休止した。
夕刊のほかに、『1967年に創刊したプロレス専門紙『週刊ファイト』も発行(判型はタブロイド版)。
『週刊ファイト』は、編集長・井上義啓の強烈な個性により熱狂的な購買層を獲得。
同社の利益の大半は『週刊ファイト』によるものだった。
その『週刊ファイト』も2006年9月27日発売の1990号で休刊(実質は廃刊)。2010年12月1日に同社は解散した。
木津川沿いにあった社屋は、2012年1月から第一印刷出版の本社として使用されていたが、2016年8月に同社が倒産したことで解体された。
「紙の時代」はおそらく2010年頃からブラックホール圏内に入ったのでは?
団塊の世代が読めなくなったら、新聞は、紙では生き残れないんでしょう。
東京にあこがれ、
1964年5月(23歳)に上京し、持ち込み活動を開始。
1969年(28歳)『漫画サンデー』で『寄らば斬るド』の連載を開始。
https://ameblo.jp/shira-0713/entry-12556920726.html

代表作は『寄らば斬るド』『おんな武蔵』、4コマ漫画『Mr.ボォ』→『ワガハイ』など。
漫画の他、好きなクラシック音楽に関するイラストつきエッセイ、絵本を多く執筆している。
2019年3月6日、うっ血性心不全のため死去。77歳だった。
受賞歴
1971年 第17回文藝春秋漫画賞(『寄らば斬るド』など)
2007年 第36回日本漫画家協会賞 大賞(『タマちゃんとチビ丸』)
著書
『寄らば斬るド』(1970)
『テンプラウエスタン』( 1972)
『ホンダラ部落』( 1972)
『寄らば斬るド 砂川しげひさ傑作集』( 1972)
『スラブの星ドボルザーク』( 1982)
『名演奏家たちのタックル・ランド』( 1984)
『なんたってクラシック ぼくの一方的音楽宣言』( 1984 → 朝日文庫 1986)
『クラシックだドン!』( 1986)
『がんばれクラシック』(1993)
『ぼくのあかん信心帖』( 2010)
他多数
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沖縄県那覇市に生まれたが、一家が戦火を避けて1944年(3歳)に宮崎県に疎開し、1945年(4歳)に兵庫県尼崎市に移ったため、そこで育つ。
※1945年3月26日アメリカ軍上陸、戦闘終了は6月23日
日本側の死者・行方不明者は188,136人で、沖縄県外出身の正規兵が65,908人、沖縄出身者が122,228人、そのうち94,000人が民間人である
アメリカ軍側は死者・行方不明者20,195人 戦傷者55,162人、
イギリス軍は死者85人、アメリカ軍戦闘外傷病者は26,211人であった。
なお沖縄戦の特徴を表す端的な表現として戦後長らく「国内唯一の地上戦」が使われてきたが、
交戦時は日本領で日本本国(当時の表現での「内地」)であった北海道占守郡における「占守島の戦い」
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60年後の2010年(平成22年)、日本政府は国会質問への答弁書をつくる際、「唯一の地上戦」という認識が
「必ずしも正確ではない」と閣議決定している。
中学生時代に『漫画少年』『野球少年』の常連投稿者になる。
兵庫県立尼崎高等学校卒業後、塗料会社や印刷会社で働きながら、
1960年頃、新大阪新聞の『すたみなコイさん』の連載でデビュー。
※新大阪新聞
1946年2月4日創刊。アメリカGHQは既存新聞の増紙よりも新興新聞に用紙が割り当てられた時期。
そのため、毎日新聞社が同社のダミー会社として「新大阪新聞社」を子会社として設立し、
『毎日新聞』夕刊の代わりに創刊した。毎日新聞から小谷正一が派遣されて総指揮に当たった
1951年には毎日新聞社から完全独立(代わりに毎日新聞は系列子会社から『新関西』を発行)している。
創刊当初は、現・毎日新聞東京本社に当たる東京日日新聞の学芸部出身である黒崎貞治郎を編集人として迎え、
当時の製紙事情から大手新聞では掲載が僅少だった文化関連の記事を充実させ、学芸・スポーツ、投書面には特に大きなスペースを割き、石川達三、大佛次郎を初めとした文芸家の作品なども多数掲載された。1946年には、将棋の木村義雄・升田幸三の五番勝負を企画している(升田の三連勝で終了)。
1960年頃砂川しげひさ漫画連載デビュー
1990年に夕刊フジや日刊ゲンダイなどと同じくタブロイド判に変更されたが、1994年に元のブランケット判に戻している。かねてより経営は厳しかったが、1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)でさらに悪化、
1995年4月28日をもって日刊の新聞発行を休止した。
夕刊のほかに、『1967年に創刊したプロレス専門紙『週刊ファイト』も発行(判型はタブロイド版)。
『週刊ファイト』は、編集長・井上義啓の強烈な個性により熱狂的な購買層を獲得。
同社の利益の大半は『週刊ファイト』によるものだった。
その『週刊ファイト』も2006年9月27日発売の1990号で休刊(実質は廃刊)。2010年12月1日に同社は解散した。
木津川沿いにあった社屋は、2012年1月から第一印刷出版の本社として使用されていたが、2016年8月に同社が倒産したことで解体された。
「紙の時代」はおそらく2010年頃からブラックホール圏内に入ったのでは?
団塊の世代が読めなくなったら、新聞は、紙では生き残れないんでしょう。
東京にあこがれ、
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代表作は『寄らば斬るド』『おんな武蔵』、4コマ漫画『Mr.ボォ』→『ワガハイ』など。
漫画の他、好きなクラシック音楽に関するイラストつきエッセイ、絵本を多く執筆している。
2019年3月6日、うっ血性心不全のため死去。77歳だった。
受賞歴
1971年 第17回文藝春秋漫画賞(『寄らば斬るド』など)
2007年 第36回日本漫画家協会賞 大賞(『タマちゃんとチビ丸』)
著書
『寄らば斬るド』(1970)
『テンプラウエスタン』( 1972)
『ホンダラ部落』( 1972)
『寄らば斬るド 砂川しげひさ傑作集』( 1972)
『スラブの星ドボルザーク』( 1982)
『名演奏家たちのタックル・ランド』( 1984)
『なんたってクラシック ぼくの一方的音楽宣言』( 1984 → 朝日文庫 1986)
『クラシックだドン!』( 1986)
『がんばれクラシック』(1993)
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